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かつて宮沢賢治は、「褒められもせず、苦にもされず」と記した。けれどもこの時代、この北上山地のなかで「豊かな生態系を大切にしましょう」などと声を出せば、褒められないのはもちろんのこと、一部の人達からは確実に“苦”にされてしまうのだ。農も林も畜産も疲れ果ててしまったかのように見える今、無益とは知りつつもここで生きていくために、公共事業におすがりするのも自然な流れであるかもしれない。しかし人は本当にそれで幸せになるのだろうか? 古老達のつぶやきに耳を傾けよう。幾かかえもあるブナやヒバが、陽も射し込まぬほど立っていた森。川の水より多く見えたというイワナやヤマメ。背負籠に入りきらないほど採れたキノコや山菜。アエコ(ミヤマイラクサ)やマダ(シナノキ)からは繊維を取り、子供たちのおやつは木いちごなどの木の実だった。ここ北上山地はつい最近まで自給自足が存在したのだ。北上山地は早くから人の手が入り、早池峰や五葉山といった特別な部分を除けば、原生的な森を見つけることはもはや困難である。けれども、いやだからこそ、わずかに残されたブナやミズナラの森を、山麓に広がるコナラやクリの里山を、今見つめ直したい。学術
的価値がどうだろうと、今この地に住んでいる私達にとって森や川は大切な宝なのだ。これから生まれてくる新しい命にとってかけがえのない財産なのだ。まずはどっぷりと自然に浸り、楽しもう。そして何かに気付いたらそれを誰かに伝えよう。北上山地に息づく全ての命を、縄文より脈々と続く人達の智恵を決して幻にしないように、今しばらくの間、私達は「褒められもせず、苦にもされる」“唐変木”でいようと考えたのです。
おくはた みつゆき 早池峰の自然を考える会代表)
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